序論
物理学の知識から一つの直線、或いは曲線の剛体は力学の作用下で固定点あるいは固定軸(支点)を中心に回転させ、エネルギーが作り出され、それに抗する力で運動が起こります。
人体の骨格は支柱であり、骨格に隣接する軟部組織はこの支柱を正常な位置に保持し、運動機能の要の役割を果たします。骨格自体運動機能を発揮することは不可能で、軟部組織の牽引作用の元で運動機能が発揮できるのです。運動機能を発揮するために人体は自身の特性に基づき、骨テコ力学体系が形成されるのです。
いわゆる骨テコ力学体系では骨は一つの硬い棒(剛体)を指し、筋肉の引張力(動力)の作用の元、回転関節軸(支点)の作用でそれに抗する力として運動がなされます。異なる生理機能を遂行するため、人体は異なるタイプの関節連結を形成しました。例えば単軸関節、2軸関節、多軸関節は前額面に沿った屈伸運動が十分できることを保証し、矢状面に沿っては内転、外転運動を行い、水平面に沿っては内旋、外旋を行います。
人体とテコ
まずテコの復習をしましょう。図のようにテコが釣り合っている時、赤い矢印は何kgで引っ張れば良いでしょうか。
Fkg×4m=20kg×1mとなるので、Fは5になります。
従って、答えは5kgとなります。
これはシーソーと同じ原理です。シーソーがつり合うには支点からの距離が遠くなると少ない重さ(力の大きさ)になります。ここでは支点からの距離が4倍になったので、つり合う重さ(力の大きさ)は20kgの1/4で5kgということになりました。
ここでは力をkgとしましたが、正式な力の単位はニュートン(N)です。
1kgの物体には10(正確には9.8)をかけて10Nの力が作用すると考えて下さい。力に距離をかけたものが力のモーメントになります。単位はNmとなります。
次はテコの種類です。テコには3種類あります。
まず支点が力点と荷重点の間にあるものを第1のテコといいます。支点の位置が力点に近いほど、力点は大きな力が必要になります。
次に荷重点が支点と力点の間にあるものを第2のテコといいます。人体には存在しないといわれています。
次に力点が支点と荷重点の間にあるものを第3のテコといいます。これは力点が荷重点より支点に近いため、力点は大きな力が必要になります。
人体では支点が関節で力点は筋肉だと考えて下さい。人体は頭部、胴体、腕、脚などあらゆる物に重さがあります。それぞれが荷重点になるわけです。
荷重点を作用点と呼ぶこともあります。
図のような状況でボールを持つと、主に働くのは上腕二頭筋です。さて、筋はどの程度の力が必要でしょうか?
支点から作用点までの距離は30cmです。上腕二頭筋の作用線は支点(肘関節)から5cmの距離にあります。そうするとF×5cm=10N×30cmとなるので、F=60Nになります。
ボールの重さより大きな力が必要になるのが分かるかと思います。テコの種類でいうと第3のテコに当たります。
デメリットだけではありません。このメリットは筋が少し収縮しただけでボールを大きく挙げることが出来ます。すばやい動きをするには都合が良いわけです。
普通、テコというと少ない力で大きな物を動かす、と想像しますがこのようなパターンもあることを覚えておきましょう。
図のような状況で主に働くのは下腿三頭筋(ふくらはぎの筋肉)です。
まず支点は足関節になります。目安として踝辺りが支点となります。次に荷重点ですが、つま先に床反力がかかるのでここが荷重点となります。
力点は筋の付着部になります。支点から荷重点までが20cm、支点から力点までが5cmで体重が50kgだと、下腿三頭筋が働く力は体重の4倍になることが分かります。
結論
以上のように運動は人体の根本的な属性の一つで、力は人体運動の基本元素になります。ゆえに人体の力学構造は人体の生理・病理を研究する一つの重要な分野になりました。
では人体運動体系の力学構造とは何でしょうか?これらの間の関係はどうなっているのでしょうか?力学構造は疾病の発生、進展、結末にどのような影響を与えているのでしょうか?針刀治療の原理は何なのでしょうか?これらの問題をはっきりさせないで針灸の神秘的な治療効果を学術的に高いレベルで認識することは不可能でまた、針刀治療で数多くの臨床で遭遇する難治性疾病のメカニズムを説明することも不可能です。
著者(吴绪平)は今まで数万例に及ぶ針刀臨床を実践し、人体運動の力学解剖構造は人体弓弦力学体系であることを発見し、弓弦力学体系に基づき慢性軟部組織損傷の病理構造理論を打ち出しました。
終わりに
このページでは生体力学の基礎である「人体とテコ」について説明しました。中盤の内容は理学療法士であったら学校で習った内容になるかと思います。しかし、鍼灸師やマッサージ師は養成校でこのような内容は習っていません。上記の内容を理解すれば、仕事中の姿勢や動き方の指導にも役立ちますし、なぜ不調になったのか仮説を立てるのにも役立ちます。
吴先生が提唱した「弓弦力学体系」は今後解説をしていく予定です。
参考文献:吴绪平,针刀医学临床研究,中国中医药出版社:2011
山本澄子 他,基礎バイオメカニクス第2版,医歯薬出版:2015