概説
1組の完全な弓矢は弓と弦、矢の三つで構成され、弓と弦の連結部を弓弦結合部と呼び、1組の完全な弓弦の力学構成は弦を牽引する条件下で弓の弦による引張り力で一つの閉鎖的な動態力学体系が形成されます。
弦は物理学でいう軟体物質に相当し、主に引張り力の影響を受けます。弓は物理学でいう剛体物質に相当し、主に圧縮力の影響を受けます。矢を放つ時の力学構成は弦の引張り力が作用の元になり、弦を引くにつれてその方向にひずみが生まれ、最後は矢が放たれます(図参照)。
人類が進化する過程の中で、各骨格と軟部組織の連結方式は弓矢の力学系統と類似しています。これを人体弓弦力学体系と命名しました。この体系を通して人体は正常な姿勢を保持することができ、各種の運動生理機能を完遂できます。人体弓弦力学体系では、骨を弓とみなし、関節包、靭帯、筋肉、筋膜を弦とみなし、人体の特定の運動機能の力学体系が完成します。これは動態弓弦力学ユニット、静態弓弦力学ユニットと補助装置による3つの部分で構成されています。
静態力学ユニットは人体の正常姿勢を維持する固定装置です。動態弓弦力学ユニットは筋肉を動力とみなし、人体の骨運動は能動的な運動を基礎として生まれます。補助装置は人体の弓弦力学体系を維持して正常な機能を発揮する補助構造であり、包括的には種子骨、副骨、滑液包などで、種子骨と副骨の作用は人体の中で最も応力が集中する部位であり、一つの弓弦力学ユニットは2つに分けられ、最大限、その部位の運動機能は保持される必要があります。
例えば膝蓋骨は最大の種子骨で、それは膝関節前面の弓弦力学体系を2つに分けて、大腿四頭筋の引張り応力を減少させ、大腿四頭筋腱と大腿骨と脛骨の直接的な摩擦を防止し、とりわけ膝関節屈曲90度以降の筋肉と骨の摩擦を減らします。滑液包の作用は弓弦結合部周囲に潤滑液を分泌し、軟部組織の起始、停止部と骨格の摩擦を減らすのです。
人体の弓弦力学体系は3つの種類に分けられ、それは四肢弓弦力学体系、脊柱の弓弦力学体系と脊柱ー四肢弓弦力学体系です。この3つの弓弦力学体系は相互に結びつき、相互に補足して、人体の完全な力学構成を形成します。各々の大系は多くの単関節からの弓弦力学体系を構成しています。このことから、人体の弓弦力学体系を理解するには、まず単関節の弓弦力学体系をマスターするべきです。なぜならそれが人体の弓弦利力学体系の基礎だからです。
静態弓弦力学ユニット
(1)静態弓弦力学ユニット
骨と骨の間は緻密結合組織が形成する関節包及び靭帯の連結方式でこれを関節連接といいます。関節連接は人体の姿勢を保持して運動機能の基本ユニットであり一つの典型的な静態弓弦力学体系です。
一つの静態弓弦力学ユニットは弓と弦、2つの部分で構成され、弓は連続する関節両端の骨格をいい、弦は関節周囲の関節包、靭帯、筋膜が付着する部位をいい、関節包や靭帯、筋膜が骨格に付着する部位を弓弦結合部といいます。
関節包、靭帯、筋膜自体による能動的な収縮機能は無く、それらの作用は関節の正常な適合面を保持して、同時に関節の安定性を維持することです。ゆえに静態弓弦力学ユニットは人体の正常な姿勢を保持する固定装置といえます。
動態弓弦力学ユニット
(2)動態弓弦力学ユニット
人体の進化により二足直立歩行が可能になり、その関節が連接する形状と関節が力を受ける方式に変化が生まれました。骨格自体は運動する機能は無く、関節は骨格が連接することから起こった一種の高度な進化モデルで、骨格筋が収縮してこそ関節運動が可能になり、それゆえ関節運動が可能になるのです。
つまり正常の関節は運動の基礎であり、筋収縮は運動の動力となります。私たちの骨格筋は皆、関節を越えた部位に付着しており、筋肉の2つの付着点の間は少なくとも1個以上の関節があり、筋収縮はそれら関節の変化を生み、特定の運動機能が達成されます。
一つの動態弓弦力学ユニットは包括的に1個以上の関節(静態弓弦力学体系)と関節を越えた付着部の骨格筋であり、骨格筋が骨面に付着する部位を弓弦結合部と呼びます。
動態弓弦力学ユニットにより筋力は動力となり、骨格はテコとなり、骨てこ体系の力学解明検査は骨格筋が能動的な収縮機能を有し、それゆえ動態弓弦力学ユニットは骨関節が産生する能動的な運動の力学が解剖学の基礎となるのです。
四肢弓弦力学体系
(3)四肢弓弦力学体系
人体の四肢は単関節弓弦力学体系を基礎として、数多くの形状は異なり機能も異なる弓弦力学体系です。これら弓弦力学体系の作用は四肢関節の正常位置を維持することで、四肢の運動機能が発揮されます。
①四肢の静態弓弦力学ユニット:四肢の静態弓弦力学ユニットは四肢関節を連結する骨を弓として、関節を靭帯、筋膜を弦として四肢関節の正常位置と静態力学平衡を維持しています。上肢の関節は例えば肩関節、肘関節、手関節、中手指節間関節、指節間関節で、下肢の関節は例えば股関節、膝関節、足関節、足根中足関節、中足趾節関節、趾節間関節などの関節連結及び靭帯や筋膜連結から起こる多関節解剖構造は皆、単関節静態弓弦力学ユニットに属します。
図で示したのは股関節の静態弓弦力学ユニットです。この寛骨臼、大腿骨頭、大腿骨頚が弓で関節包が弦で関節包は骨格の付着部で弓弦結合部と呼ばれます。様々な不調の原因は股関節包が異常な力を受けて引き起こされ、人体は癒着、瘢痕、痙縮を通し、これらの過大な応力に対抗して関節包の肥厚が起こるのです。これらの異常な応力が無くならなければ人体は関節包の付着部、即ち弓弦結合部が対抗性の調節を行い、この部位の硬化、カルシウム化、骨化が形成され、最終的に骨質増殖が形成されます。
②四肢動態弓弦力学ユニット:四肢の動態弓弦力学ユニットは四肢関節連結の骨を弓、骨格筋を弦として四肢関節の運動機能及び動態力学平衡が発揮されます。上肢の関節は例えば肩関節、肘関節、上橈尺関節、下橈尺関節、手関節、中手指節関節、指節間関節、下肢の関節は例えば股関節、膝関節、足関節、足根中足関節、中足趾節間関節、趾節間関節などの関節運動は皆、単関節動態弓弦力学ユニットです。
図で示したのは股関節外旋の動態弓弦力学ユニットです。梨状筋の大部分の線維は第2ー第4の前仙骨孔の外側から起こり、大転子の後部に停止します。上双子筋は小坐骨孔の上縁から起こり(坐骨棘の部位)、下双子筋は小坐骨孔の下縁から起こり(坐骨結節の部位)、両筋の筋線維と内閉鎖筋の筋腱は共同で転子窩の内側面に停止します。大腿方形筋は坐骨結節の外側面から起こり、大転子後面の大腿方形筋結節の所で停止します。ゆえに股関節外旋の動態弓弦力学ユニットは以下の解剖構造構成となります。仙骨、坐骨、寛骨臼、大腿骨頭、大腿骨転子窩などの骨格が弓、この5つの筋肉が弦となります。これらの筋肉が骨格に付着する部位を弓弦結合部といい、この動態弓弦力学ユニットは股関節の外旋機能を発揮します。
脊柱の弓弦力学体系
(4)脊柱の弓弦力学大系
脊柱は人体の中軸になる線で、人体が生存していくため脊柱は矢状面でゆるやかなカーブを形成し、これが脊柱の弓弦力学大系で、よくいう脊柱の生理的弯曲です。脊柱の弓弦力学大系は多くの単関節の弓弦力学体系から構成され、頚部、胸部、腰部、仙尾部の弓弦力学体系で成り立っています。
①頚部の弓弦力学体系:後頭骨、頚椎が弓で、連結する頚椎の軟部組織は例えば、椎間関節の関節包靭帯、頚椎椎間板、項靭帯、黄色靭帯、後頭下筋、前(中、後)斜角筋、頚部の脊柱起立筋などの軟部組織が弦であり、1つの弓弦力学体系を形成します。頚部の弓弦力学体系の機能は頚椎の生理的弯曲を維持することで頚部の運動機能を発揮することができます。
②胸部の弓弦力学体系:胸椎、肋骨、胸骨は弓であり、連結するこれらの骨格の軟部組織は例えば、椎間関節の関節包靭帯、肋横突靭帯、黄色靭帯、前縦靭帯、後縦靭帯、胸椎椎間板などの軟部組織が弦であり1つの弓弦力学体系を形成します。胸部の弓弦力学体系の機能は主に胸椎の生理的彎曲を維持することで、胸椎の矢状面の運動機能に関わります。
③腰部の弓弦力学体系:腰椎は弓であり、連結する腰椎の軟部組織は例えば、椎間関節の関節包靭帯、腰椎椎間板、前縦靭帯、後縦靭帯、黄色靭帯、腸腰靭帯、腰部脊柱起立筋などの軟部組織が弦でひとつの弓弦力学体系を形成します。腰部の弓弦力学体系の機能は腰椎の生理的彎曲を維持して腰部の運動機能を発揮させます。
④仙尾部の弓弦力学体系:仙骨尾骨は弓であり、連結する仙骨尾骨の軟部組織は例えば、仙棘靭帯、仙結節靭帯、腰部脊柱起立筋などの軟部組織が弦であり、ひとつの弓弦力学体系を形成します。仙尾部の弓弦力学体系の機能は骨盤の平衡を維持することです。
頚部、胸部、腰部、仙尾部の弓弦力学体系は共同で構成され、脊柱矢状面の完全な弓弦力学体系で、脊柱起立筋、項靭帯、僧帽筋などの軟部組織が後頭骨に付着する部位、及び第7頚椎の付着部が頚部の弓弦結合部で、前縦靭帯が第1胸椎、第12胸椎前面に付着する部位が胸部の弓弦結合部であり、脊柱起立筋、棘上靭帯、広背筋などの軟部組織が第1腰椎、第5腰椎後面に付着する部位が腰部の弓弦結合部であり、仙棘靭帯、仙結節靭帯などの軟部組織が仙椎側面、坐骨結節、坐骨棘に付着する部位が仙尾部の弓弦結合部です。
数学的な曲線変化の法則によると、曲線の弧の長さが一定の時、この曲線の一部の曲率が小さくなると、残りの部分の曲線の曲率は増大します。これら弓弦結合部が全て脊柱矢状面で弯曲が変化する部位が生じ、そのためこの部位の軟部組織は容易に損傷を受けるのです。弓弦結合部の軟部組織が癒着、瘢痕、痙縮などの損傷が発生すると、脊柱の生理的弯曲の変化を引き起こし、頚椎疾病、腰椎疾病、頚・腰の症候群など数多くの難治疾患を引き起こします。
脊柱ー四肢弓弦力学体系
(5)脊柱ー四肢弓弦力学体系
体幹は人体の幹であり、人体の複雑な運動機能を可能にします。例えば四肢の関節(肩関節、股関節)の運動で、上肢と下肢が同時に運動すると、脊柱付近の多くの関節の協調した運動が必要になり、脊柱ー四肢弓弦力学体系が形成されます。
脊柱ー四肢の弓弦力学体系は脊柱を中心とみなし、相互に協調し、相互に補完し脊柱と四肢の運動を保証し四肢と脊柱を統一します。
この弓弦力学体系の形状を見ると斜張橋の構造に似ています(図参照)。斜張橋の塔は脊柱に相当し、斜張橋の橋面は支帯骨に相当し、連結する斜張橋の支持ロープは連結する脊柱と支帯骨の軟部組織に相当し、橋と橋面は弓に相当し、支持ロープは弦に相当します。
斜張橋の原理に基づくと、著者の知見では斜張橋は塔、支持ロープ、橋面から構成されます。著者は一つのロープ、塔について分析しました。塔の両側に対称的に斜めにロープが張り、斜めのロープを通じて塔と橋面の連接を共にしています。橋の両側に2本のロープしかなく、各々左右対称である場合、2本のロープは重力作用を受け、2つの対称的なロープ方向に沿った引張力が産生されます。力学的に分析すると、左側に力は左側への水平方向の力と下向き垂直方向の力に分解できます。
同様に右側への力は、右側への水平方向の力と下側への垂直方向の力に分解できます。この2つの対称的な力により、左向きの水平方向の力と右向きの水平方向の力はお互い相殺し無くなります。最終的に大はりの重力は塔に対して下向きの垂直方向の2つの力となります。このような力は塔の下面にある橋脚へと伝わります。引張りロープの数が多いほど、塔にかかるロープの力は分散されます。
脊柱と四肢帯との連結は斜張橋の力学原理と類似しています。脊柱両側の筋肉、靭帯、筋膜などの軟部組織の正常応力は脊柱と四肢帯骨との正常な力学伝導を維持するのに必要な要素です。仮にこれらの軟部組織が異常な引張り応力を受けたら、脊柱のずれが生じるでしょう。言い換えると脊柱のずれは脊柱自体が引き起こすのではなく、脊柱両側の軟部組織の異常な応力により引き起こされるのです。脊柱の片側の軟部組織の引張り応力が異常な時、脊柱は引っ張られる側へ傾斜し、画像所見では矢状面、前額面、水平面で脊柱が一方向或いは多方向へのずれとして発見されます。かつ一側の軟部組織の引張り応力の異常により、脊柱のずれを引き起こし、必然的に反対側の軟部組織の引張り応力異常も引き起こします。
頚椎病に関係する脊柱と四肢の弓弦力学体系
一つは頚椎、上腕骨、肩甲骨が弓で肩甲挙筋が弦の動態弓弦力学ユニットです。二つ目は脊柱、上腕骨、肩甲骨が弓で僧帽筋、広背筋が弦の動態弓弦力学ユニットです。三つめは頚椎横突起・肋骨が弓で前・中・後斜角筋が弦の動態弓弦力学体系です。
僧帽筋、広背筋の動態弓弦力学ユニットの例を挙げると、僧帽筋と広背筋が慢性疲労損傷時、人体は修復過程の中で筋肉の起始、停止部に癒着、瘢痕を形成し、局部の応力異常を発生させます。斜張橋の力学原理に基づくと必然的に頚椎の前額面での力学的異常を引き起こし、最終的に頚椎の側弯を引き起こし、頚椎病の臨床症状が出現します。同時に僧帽筋と広背筋は同じ起始部があり、僧帽筋の損傷後に広背筋の慢性疲労損傷を引き起こし、広背筋もまた腰部の脊柱ー四肢弓弦力学体系に含まれます。広背筋損傷後の応力異常は必然的に腰椎弓弦力学体系の代償を引き起こし、重症者は腰部のずれを発生させ、腰部神経根の圧迫を引き起こし、下肢神経圧迫の臨床症状が出現します。これが即ち頚部、腰部症候群の病理メカニズムです。
結論
1.人体の弓弦力学体系は物理学の力学を基礎に人体の骨関節と軟部組織の間の具体的な表現形式であり、運動系の力学解剖構造です。その基本ユニットは関節で、一つの関節の弓弦力学体系は包括的に静態弓弦力学ユニットと動態弓弦力学ユニット及びその補助装置です。
2.人体の骨関節周囲の軟部組織の起始部、停止部は異なり、同じ部位の骨格上に1つ或いは多くの筋肉や靭帯の起始、停止部があります。起始が同じ部位の筋肉や靭帯で停止部が異なる骨格の場合、起始が異なる骨格の筋肉や靭帯で停止部が同じ部位の骨格という場合もあります。各部分の弓弦力学ユニットは相互に交叉し、人体の完全な弓弦力学体系を形成します。
3.脊柱の弓弦力学体系は脊椎の生理的弯曲を維持するのに重要な意義を持ち、脊柱の前・後面の軟部組織の損傷は脊柱の生理的弯曲が変わる起点となる場合があります。
4.脊柱ー四肢の弓弦力学体系は脊柱と四肢の力学伝導の手段となり、力学の面から脊柱と四肢の協調を実現します。動・静態弓弦力学ユニットの関係は次の4つの言葉に帰納します。動の中に静があり、静の中に動があり、動と静は結合し、平衡機能に関わる。
5.弓弦力学体系が構成される部分の慢性損傷は必然的に弓弦が構成される部分の力を受け異常が発生します。弓弦力学体系の中で応力が集中する部位はまず弓弦結合部で、即ち軟部組織の起始停止部で、次が弦、即ち軟部組織が経由するライン、最後が弓、即ち骨関節です。臨床上、骨関節周囲の軟部組織損傷が一番多く見られ、次が軟部組織が経由するラインの損傷で、最後が骨関節自体の損傷(骨質増殖、創傷性関節炎、骨性関節炎など)です。
6.弓弦力学体系が考案されて慢性軟部組織損傷及び骨質増殖など臨床で難治疾病の病理メカニズムと疾病の病理構成が明らかになりました。針刀医学の基礎理論を整備、補足し針刀医学は「痛む所を治療する」という病変部位の治療から疾病の病理構成を治療するという高度な治療へ昇華し、針刀治療の有効率は高くなりました。
おわりに
上記内容によると人体各部位を弓矢に例え、弓弦結合部に高い応力が集中し、その部位に軟部組織の癒着や瘢痕が起こりやすいとのことでした。例えば脊柱起立筋の施術を行うに当たり、どの辺りの部位がポイントになるのか分かったのではないでしょうか。また、骨に軟部組織が付着する部位に軟部組織の病変が起こりやすいとのことで、筋肉や靭帯が骨のどの部位に付着してあるのか細かく理解する必要があることが分かりました。
文章としてはやや難しかったかもしれませんが、臨床力を上げるには理論体系を理解することは不可欠かと思います。少しでも皆さんの臨床に役立てていただけたら幸いです。
参考文献:吴绪平,针刀医学临床研究,中国中医药出版社:2011