概説
下後鋸筋損傷は激しい運動でよく見られ、突然腰が曲がる、或いは協調しない運動になり、呼吸リズムが突然乱れます。損傷後は皆肋骨部の疼痛を訴え、呼吸に制限があり中国では俗に「※岔气」と言われます。損傷直後は手技治療の効果は良好です。陳旧性損傷は針刀を用いて効果は比較的良好です。
※岔气:急にある部分が痛む症状
解剖
下後鋸筋は腰の上部に下4つの肋骨外側面に有り、下2つの胸椎及び上2つの腰椎棘突起から起こり、下4つの肋骨外側面に停止します。
この筋肉の作用は肋骨を下降し、呼気に働き肋間神経の支配を受けています。
下4つの肋骨と脊柱の角度は「脊肋角」と呼ばれ、正常は約70°です。下後鋸筋と脊柱下部、肋骨の角度は120°と90°の角度を呈しています。そのため下後鋸筋の縦軸収縮は肋骨を下降させます。肋骨下降は胸郭収縮、胸腔が小さくなるので呼気で働くのです。正常な状況では下後鋸筋は呼吸するにつれて規則的で連続する収縮と弛緩が起こります。
病因病理
人体各種の活動と突然の動作により、正常の呼吸リズムが崩れ、又下後鋸筋が4つの筋束に分かれ4つの肋骨に停止することで、急に伸縮のパルスが送られた時に、4つの筋束が協調して伸縮出来ないということが起こりやすいです。ある一定時間の横断面上では4つの筋束の収縮メカニズムは1つ2つより3つ2つの方が丁度良いし相反します。仮に1つ2つが収縮状態で3つ2つが弛緩状態であったら、この1つ2つは容易に引張り損傷が生じます。仮にこの1つ2つの筋肉が弛緩していたら、他の2つ3つの筋肉は屈曲したり軽度転移するでしょう。
臨床症状
急性損傷時、肋骨部の疼痛が激しい場合、深呼吸しにくく呼吸過多となり、上半身は患側に側屈し後屈します。寝る時は寝返りしにくく、慢性期は患側の肋骨外側に疼痛があります。1つめのタイプは筋腱断裂型でその疼痛点の多くが下後鋸筋の停止部に有り、下4つの肋骨外側は慢性期に疼痛、発作が時に出現したりして肺活量の大きな作業や運動が厳しくなります。2つめのタイプは折れ曲がり転移型で、慢性期に痛点の多くは下後鋸筋中部4つの筋束上に有り、初期に正確な治療がなされなかったら、症状は比較的重くなり呼吸運動に影響を与え、症状が重くなったり軽くなったりして、一般的に重い時は呼吸困難感があり、呼吸過多となり、疼痛部位は索状硬結が触れられます。
診断の根拠
1.既往歴で突発性の肋骨外側の痛みがある
2.下2つの胸椎、上2つの腰椎から下4つの肋骨外側の区域内で疼痛、明らかな圧痛が認められる
3.呼気で疼痛が明らかに増悪する
治療理論
針刀医学の慢性軟部組織損傷理論によると、下後鋸筋損傷は癒着、瘢痕、痙縮を引き起こし、下部胸椎と上部腰椎の動態平衡失調をきたし、上記の臨床症状を発生させます。慢性期の急性発病時に病変組織の組織から滲出した液体が末梢神経を刺激して症状を増悪させます。上記の理論により下後鋸筋損傷の主な部位は9~12肋骨で針刀を使用しこの癒着を解消し、瘢痕を剥離して下部胸椎と上部腰椎の動態平衡失調を回復させると、この病は根治に至ります。
針刀治療
患者はベッド上側臥位になり、患側を上側にして患側上肢は胸の前に置きます。第1種の筋腱断裂型は疼痛点が下後鋸筋の停止部である9~12肋骨外側であり、圧痛点の最も近い肋骨面上に刺入します。刃先のラインと肋骨は90°の角度で、肋骨面と肋骨上下縁に接近し筋線維縦軸に沿わせて、まず縦に剥離した後、横に剥離し、抜針します。
第2種の折れ曲がり転移型は、疼痛点が下後鋸筋の中部で圧痛点に刺入し、この4肋骨面に刃先のラインと下後鋸筋の縦軸に対し平行に刺入し、まず縦に剥離し、次に横へ剥離し筋肉を肋骨面から掘り起こし、硬結が有ったら切開し抜針します。刺針部位に滅菌ガーゼを被せ、その後術者は母指で下後鋸筋の罹患した線維束を揉捏し、筋線維束は回復します。
おわりに
この疾患は医学書院の標準整形外科学第13版に記載がなく、日本国内では恐らく「肋間神経痛でしょう」と診断されることが多いのではないかと思われます。
下後鋸筋は呼吸に関わる筋肉ですので、臨床では「呼吸しにくい」といった訴えがあることもあります。大半のケースで一般的な鍼灸鍼(毫鍼)でも奏効します。肋骨面に鍼を入れるということは気胸のリスクがあるため北京堂ではやらないということになっています。筋肉の硬さが硬ければ、太め(0.3mm以上)の鍼が必要になります。
的確な評価、刺鍼をするために、参考にしていただければ幸いです。
参考文献:朱汉章,针刀医学原理,人民卫生出版社:2002