序論
針刀医学はその他の科学の発明と同様に、決して人類医学発展の最高峰ではなく、科学発展という大河の一里塚で、科学は永遠に止まることはありません。
人類と疾病の闘争手段の絶え間ない整備
人類の出現と発展に伴い、様々な病気が出現しており、人類が生存し繫栄するためには病気と戦わなければなりません。人類発達の初期段階では、人工的な治療法は無く、病気と闘うためには自然界の既存の条件に頼るしかありませんでした。熱がある場合は、涼しい場所や低温の水がある所へ行き体温を下げ、寒気がする場合は、太陽の光を浴びたり、たき火の傍へ行って体を温め、体温を上げて寒気をとっていました。近代になり、立ち遅れた山村では今なおこのような原始的医療方法をそのまま用い、マラリアを発症して寒気がする時は強烈な日光で日ざらしにしたり、高熱の時は池に入ります。私たちはこのような段階を人類と疾病闘争の「自然医療段階」と呼び、人類発展のとても長い歴史の中、とても長い期間続いてきたのです。ただ、この自然医療段階の絶え間ない向上過程の中で、自然条件を応用してさらに進んだ選択が出来るようになりました。例えば、外傷で出血した時、赤鉄鉱の粉末を傷口に塗ります。動植物、鉱物を塗り、包んで創傷部をしばっていました。
この段階の絶え間ない向上の中、しだいに天然薬物による医療へと発展しました。人類は漸次多くの天然の動物、植物、鉱物を発見し、異なる病気の治療に用いました。中国には「神农尝百草」という伝説があり、この説明では人類医療は新しい段階に入り、私たちはこれを「天然薬物医療の段階」と呼び、この段階で中国医療の効果は既に大きな進歩を遂げていました。人類が自然薬物の知識の増加、その他の自然科学の発展、及び新しい成果の取得をするにつれて、人類は他の自然科学の成果を医学に応用して、病気に対して分類を行い、天然薬物への加工を行い、治療のニーズに合うようにして、治療効果を高めました。
人類が自然薬物に対して加工や化学合成を行うようになり、人類が疾病に対して戦う能力や手段は新しい段階に入りました。この新段階を私たちは「天然薬物の優れた加工医療の段階」と呼びます。この段階は長い発展を通して、薬物加工がかなり高い水準に達し、さらには薬物の性能を変え、化学反応を発生させ、化学反応で出来た新物質が病気に対する効果は天然薬物と比べられない物で、さらに後期には大量の化学薬品を生産し、強力な武器として病気を征服したのです。
しかし、この段階で人類は体内の病巣に対して、時に対処できないことがありました。人類は皮膚を切り裂き体内に入り、体内の病巣を治療しようと試みましたが、当時は解決できないいくつかの大きな問題があり、この試みには数えきれない失敗と挫折に見舞われました。
1.皮膚切開し体内に入っても、強い痛みに解決する術はありませんでした。
2.切開後、重度な組織の出血に解決する術はありませんでした。
3.生体を切開することで、生命の正常機能に甚大な影響を与え、重度な場合は呼吸や心停止が起こることに解決する術はありませんでした。
4.人類が人体の解剖構造の十分な知識が不足して、人体内を切開する中で、どの組織が切っても良いのか、どの組織が切ってはいけないのか、はっきり分けられず、軽症者で生涯残る障害を生じたり、重度な者は命の危険が及ぶこともありました。
5.切開手術後、細菌感染を引き起こすことに対し、解決する術はありませんでした。
ここで述べた5つの大きな解決できない問題は、当時人類が考えていた切開手術で病気を治す理想とはかけ離れたものでした。
しかし、人類は後退したり、努力を放棄したりしませんでした。自然科学の絶え間ない進歩と、人間自身の組織構造のに対する理解の深化に伴い、哲学的に言えば、長い期間の知識の蓄積を経て、上記の5つの難題はついに円満解決しました。切開手術の実現により、人類と病気の闘争能力の画期的な進歩が実現し、質的な飛躍を産生し、多くの解決策がなかった病人を健康に回復させ、寿命が延びました。
この進歩により、人類は一つの新時代に突入し、この新時代を私たちは「切開手術医療の段階」と呼びます。
切開手術がこの100年で幅広く応用されるにつれて、切開手術の技術は益々正確になり、整備され、更には人の心臓や頭部などの重要な器官にも切開治療を行うことが可能となり、輝かしい成果を得ることが出来ました。
しかし、人類の文明が絶え間ない進歩を続けるにつれて、人々の治療法法に対する要求は高くなり、最大限治療時の苦痛と損傷を少なく、極力副作用は減らし、極力組織構造を完全な状態で残し、皮膚を破壊せず、傷跡を残さず、つまり皮膚を切開せず病巣を取り去る、このような要求により非観血的手術という声が上がりました。この数十年、このような要求はとりわけ強い状態でした。しかし、その理想を実現するのに、いくつかの解決すべき難題がありました。
1.人体の内臓、組織器官に対して体表から正確な位置を把握できること
2.体内の病巣部に対して正確なマクロ的知識を有することが必須
3.体内のマクロ的立体的な解剖構造を把握することが必須
4.体内の動態的解剖構造の知識が必須
5.安全な非観血的手術による針刀刺入方法が保証して行う方法を考案する
6.各々の疾病に対して絶対的に安全でほとんど損傷のない非観血的手術アプローチを考案する
7.一種の非観血的手術方法であること
8.非観血的手術の小型手術器具は適合したものを開発する
現代の科学技術の急速な進歩により、先人の専門家の努力と最新の検査機器のおかげで、始めの2つの問題は解決されました。非観血的手術のニーズを満たし、人体構造を立体的マクロ的に理解するために、筆者は10年以上の努力の結果、基本的にその要件を達成しました。ほとんど損傷のない安全な非観血的手術アプローチを確立し、体系的な理論が形成され、20を超える効果的な手術法をまとめました。様々な病気を治療するための手術方法も継続的に改良、整備され、徐々に成熟して標準化され、針刀などの医療機器の出現により、非観血的手術が現実のものになりました。
非観血的手術は、切開手術療法と現在の先進的な科学技術を基礎に形成されており、量的な変化から質的な変化となりました。この非観血的手術療法の体系的理論の形成は、人類と疾病が闘争する新しい段階に入る過程で、私たちはこの段階を「非観血的手術医療の段階」と呼びます。
この段階では副作用のない、ほぼ損傷が無い、苦痛が少ない手術治療という理想が実現されました。
針刀療法は非観血的手術療法と同義語であり、針刀療法という用語は誰もがよく知っているため、現在でもそう呼ばれています。針刀医学は非観血的手術の段階を包括しましたが、この段階は全国全世界の専門家や志を同じくする人の協力や努力が必要でした。絶え間なく適応症の範囲を広げ、発展し、バージョンアップし、中国の著名な医学専門家である尚天裕先生は「適応範囲の拡大やメカニズムの解明には新たな努力が必要だ」と指摘しました。
非観血的手術医療の段階はとても長い発展と整備の過程があると信じられています。全国、全世界の専門家の努力により、絶え間なく発展、整備が行われており、漸次医療手段の主流を形成し、21世紀を主導する作用の医療手段となりました。現在、多くの専門家はこの分野の研究や試みの新しい段階に入っています。非観血的手術療法の出現、発展は歴史的な発展の要求だけではなく、歴史的発展の必然でもあります。
現在、多くの自然科学的成果の出現により、非観血的手術療法の発展は加速されるでしょう。例えば様々な内視鏡の出現、非観血的に直視できる機器の出現、MRI、デジタル減算造影、断層撮影技術、などは皆非観血的手術医療技術の早い発展に役立ちます。
非観血的手術医療の整備は、人類最高の医療であるという理想を達成したのでしょうか?いいえ、完全に違います。非観血的手術医療もまた人類と疾病が闘争する大河の中の一段階にしか過ぎないのです。
人類の医療技術は必然的に高い段階へ発展していきます。このさらに高い段階とは何でしょうか?私たちはここで根も葉もないことを考える訳にはいきません。ここでは3つの客観的な事実に基づき科学的で明らかな未来の医学モデルと科学的な結論を出しました。
1.人間が病気と闘う手段は、改善し続けなければなりません。一般的に、非観血的手術治療はいまだ完全ではなく、その効果も理想とはほど遠い状況ですが、慢性軟部組織損傷やその他の疾患の治療に用いられる針刀治療などの非観血的手術が全国で8000万件以上行われている統計から判断すると、総合的な治療効果は90%強に過ぎず、たとえ改善開発したとしても100%には届きません。また非観血的手術では必ずある程度の損傷と痛みが伴います。つまり、完璧に到達することはなく、より高いレベルに発展することは必然なのです。
2.現在の医療分野におけるいくつかの試みに基づいて、より高度で完全な医療システムが育成されています。例えば、気功は患者が気づかないうちに病気を治療することが出来ますが、気功にはいくつかの誤った現象が存在し、狙いが無く、信頼できる科学的根拠に欠けているため、その説明には問題があります。気功で病気が治るというのは理想であり、偽気功が多くの人を魅了するのはまさにその理想の現れです。また、遠隔操作検査機器や生体情報診断なども登場し、これらは高度な医療の登場を示しています。
3.現代の生命科学の多くの研究結果によれば、人類医学の最高の境地は自然への回帰であると証明されています。アメリカの著名な生化学者、医学者でありノーベル賞を2回受賞しているライナス・ポーリング博士は、1985年にオーソモレキュラー医学の理論を明確に提唱し、病気の治療に薬物を使用する通常の医学を有毒分子医学と呼びました。いわゆるオーソモレキュラー医学とは「人間の体内に通常存在し、健康に必要な物質の必要性に頼って、有効な合成物質や植物製品を使うよりも病気を治療すること」を指します。なぜなら、このような「人間の体内に普通に存在し、健康に必要な物質」や「人間の体内に普通に存在し、生きていくために必要な物質」には副作用がほとんど無いからです。
弁証論理と数理論理によって解明された人間の思考の論理法則によると、主題と副題の関係で、使用薬物治療が通常医学である毒性分子医学が主題で、オーソモレキュラー医学が副題です。
はっきり言えば、オーソモレキュラー医学とは、人間の医療を自然に還すものであり、勿論それは形式上であり、その中身は高度な科学の総合であり、人類の理想の状態に到達する医療の一種です。上記3つの側面における客観的現象は、将来の最高の医学段階の主要なモデルを私たちに予見させました。
私たちはこの未来的な最高医療の段階を「ハイテク自然医療段階」と呼びます。この段階は、最高の多面的科学的及び技術的成果の統合を前提にします。病気の診断に採血、組織採取、X線撮影は必要ありません。人体の外部情報に完全に依存して、病気の正確な特徴付けと位置特定が可能です。病気の治療には副作用や薬剤耐性のある化学薬品を使用するのではなく、人体の正常な生活に必要な物質の濃度を調節し、生体が持つ生体エネルギーを利用して、影響を与えること無く病巣を破壊・除去し、人体の健康な組織を破壊せず影響を与えることはありません。様々な特殊な環境をハイテクノロジーを駆使して設計し、様々な患者様がその中で生存し、通常の生活と同じように徹底的に回復させます。
人類がハイテク自然医療の段階に入ると、病気の治療能力は自由自在の時期に達し、どんな難しい病気も治療法が無いという心配は無くなります。この時、人類医療の課題は、いかにして老化を遅らせて長生きするかということであり、加齢とともに人体の各器官は必然的に老化しますが、現代の科学研究の結果からみると、この老化を遅らせ、寿命を延ばすことが可能であると考えられています。
ライナス・ポーリングは現在、自身の理論に従い養生すると、誰もが少なくとも25年、一般的には30年寿命を延ばすことが出来ると断言しています。そして、その結論を自らの実践で世界に証明し、90歳を超えて元気に世界中で講演を行っていました。人間の老化を遅らせ、寿命を延ばすことが出来ることが分かります。人類はハイテク自然医療の段階で、様々な面で最先端の科学技術の成果に基づき、延命を主な医療課題として捉え、人類全体の平均寿命は継続的に向上して、この時人類は長寿が普通となります。
人類が病気と闘うための手段の継続的改善は、一定の法則に従って発展し、各時代の経済、政治、科学、文化の発展レベルに制限されながら、一定の発展曲線に沿って進んでいきます。
人類と疾病闘争技術の発展曲線
人類と疾病闘争の技術曲線は、各々の医療段階の技術水準と相対的に対応する医療効果の関係により決定されます。各医療段階は経済、政治、科学文化の発展水準により決定されます。
人類は過去、現在、将来において6つの発展段階があります。
左図を参照して下さい。
0~A:自然医療
A~B:天然薬物医療
B~C:天然薬物優良加工後の医療
C~D:切開手術医療
D~E:非観血的手術医療
E~:ハイテク自然医療
各医療段階の区分は、その時代の代表的かつ画期的な医療技術にちなんで命名されており、各時代を総括したものとなります。また、後期段階の医療技術は前段階の成果を踏まえたものであると同時に、後期段階にも前期段階の医療技術が存在しており、両者ははっきりと分けることは出来ません。例えば、現代は切開手術の医療段階にありますが、抗生物質、ホルモン剤、漢方薬、西洋薬の製剤など、天然薬物の優良加工医療の段階の薬物を大量に応用しており、意義のある医療技術を進める過程であり、どちらかというと切開手術医療という段階です。医療の様々な段階や区分を見るとき、発展論を理解するのに必須なのは「物の運動は絶対的であり、静止は相対的である」という基本的な哲学的思想を理解することです。
人類が病気と闘うためのテクノロジーの発展曲線の終点は点線です。これは、医療の主な課題はもはや病気の治療ではなく、主な医療の課題は老化を遅らせ、寿命を延ばすことを意味します。医学的疾患の効果を100とすると、医学的疾患の効果は今のところ、100%には程遠く、治療できない疾患や治療可能な疾患も数多く存在します。どの患者もその体の特徴は千差万別で、まだかなりの割合で治らない人がいます。その主な理由は、人体そのものやその病気に対する理解が十分とは言えず、医療方法の発展もそこまでのレベルに達していないため、偶発的な医療事故による死亡が避けられないことです。医療事故による死亡に対して医師は責任を負うことが出来ないため、全ての患者が手術治療を受ける前に家族の署名を得る必要があるのはこのためです。
病気の治療において100%の効果を達成することは、私たちの世代で達成できることではなく、非観血的手術医療が全盛期であっても達成することは困難です。病気に対する薬効100%の時代が実現すると、人間の医療の主な仕事は老化を遅らせ、寿命を延ばす治療に変わります。
人類の病気との戦いの発展曲線をより一般的にみると、最初の3段階(自然医療段階、天然薬物医療段階、天然薬物優良加工段階)を一つの段階として考えると、切開手術が出来ない医学的段階と呼ばれます。このように、人類が病気と闘うための技術の発展曲線は、切開手術不可能な外科医療段階→切開手術医療段階→非観血的手術医療段階→ハイテク自然医療段階の4段階に単純化できます。では、なぜ人間医療の最高発展段階を「ハイテク自然医療段階」と呼ぶのでしょうか?まず、この種の自然医療は人類初期の自然医療とは全く異なるものであるからです。これは非常に高度な技術レベルに基づき自然医療が築かれ、このように高度な技術レベルはまだありません。自然医療はまだ実現できないのに、なぜ「自然医療」と呼ばれるのでしょうか?
自然医学は、形式的にみると原始時代への回帰のようにみえますが、本質的には人類が医療技術において到達した最高の理想境地です。人類の発展史の中で、原始的なものの方が現代の文明的なものよりも優れていると信じる復古主義が何度も登場しました。それはなぜかというと、原始的なものは単純で、素朴で人間的な側面があり、それが人間の追求する側面であり、「自然に還るのが人類の理想郷である」と主張する人もいます。原始時代の自然属性は文明の発展と共に破壊や歪曲を受け、例えば現代医療による人体の切開治療は、人体の自然属性を破壊し、麻酔による感覚喪失、内服薬の過度の酸味、甘味、苦味、辛味など、これらは皆人間が希望することではなく、人間の自然属性とは相いれないものですが、病気を治療し、寿命を延ばすためには必要なことです。これは不可能なことではなく、人類の科学が発展してこそこのような方法が創造され、病気を治療できるのです。現在、科学技術の進歩により病気の治療を遊びのように行える治療は行われていませんが、知らず知らずのうちに病気の治療として受け入れられています。先端医療もこのレベルに到達しなければなりません。原始自然医学に相当するものは、人体の自然属性の物を破壊するものではありません。原始的な自然医学は無知に基づいており、病気を治療するまででなく、治癒率が非常に低いことです。ハイテク自然医療とは、非常に高度な科学技術に基づいたもので、知らず知らずのうちに病気を治すことができ、非常に高い治療効果があることから「ハイテク自然医療」と命名されました。
切開手術療法は手術できない医療の否定的発展である
このセクションでは、切開手術療法が人類の疾病闘争技術の発展における意義について述べていきます。
「否定」という言葉は哲学用語であり、日常用語の「否定」の意味ではありません。哲学には3つの法則があります:対立と統一、量的変化から質的変化へ、否定の否定です。量的変化から質的変化への法則とは、物事は永遠に変化し続け、すべては量的変化から質的変化への過程を経るということです。卵が適切な温度条件下で3週間でヒヨコにふ化するように、卵の内部はこの21日間で絶えず変化を続けていますが、この変化は量的な変化です。このように変化するにもかかわらず、卵の内部は21日目までにヒヨコになるのですが、ヒヨコになるということは質的な変化であり、質的飛躍です。卵からヒヨコへ、ヒヨコを呼ぶことは、最初にそれを宿した卵への否定的な発展です。否定の否定という法則とは。世の中のあらゆる物は螺旋状に上昇状態で発展・変化していくというもので、これが哲学における「否定」という言葉の意味です。
切開手術医療は切開手術医療が出来ない否定的発展であると言いますが、その意味は前述の通り、切開手術医療の進歩は切開手術医療ができないケースの増加ではなく、これは質的な飛躍であることを意味します。
切開が不可能な医療の段階では、人体は禁止区域のようですが、切開して進入する治療は出来ず、切開手術医療はその禁止区域を完全に打ち破り、人間はほぼあらゆる部位を病巣の治療をするために、自由に切り開くことが出来ます。このような画期的な時代の意義はこれに留まらず、その後の更に高い医療技術の出現が大量の科学的データを蓄積して、確固たる基盤を築くのです。
非観血的手術医療が切開手術医療に対する否定的発展
ここでの「否定」という言葉も哲学用語です。非観血的手術医療の発展も切開手術医療に基づいており、あらゆる切開手術医学の成果を吸収し、現代の自然科学の成果がもたらす条件を加え、理解の統合、整理、刷新することで非観血的手術医療が誕生しました。針刀医学は非観血的医療の誕生を示すだけであり、誕生後に発展して完成される必要があります(卵からふ化したばかりのヒヨコが健康に成長し、徐々に成熟するのと同じ)。同じ分野の専門家が共同で努力し、非観血的手術医療を徐々に成熟させ、完成させます。現在、中国の多くの専門家がこの点で多くの研究を行っており、非観血的手術医療の発展を促進するうえで重要な役割を果たしています。一部の専門家はこの分野に多くのエネルギーを投入しており、非観血的手術医療の発展の将来性や時代的意義を十分理解しています。
非観血的手術と針刀医学は、他の病気に対する無害で後遺症のない、治療効果が期待できる治療法ですが、医療科学発展の頂点ではなく、医療科学発展過程の歴史的段階にすぎません。当然このことは、更に高い医療科学発展の段階を形成するための良い基礎となるのです。
参考文献:朱汉章,针刀医学原理,人民卫生出版社:2002