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北京堂鍼灸伊東

棘上筋損傷の治療法

棘上筋損傷の治療法
目次

概説

 この筋肉は容易に損傷します。例えば転倒、重量物を持ち上げる、或いは過酷な重労働がその病因となります。損傷部位の大半は起始部で、筋腱部や筋腹部もあります。仮に損傷部位が停止部の大結節であったら、三角筋の深部でよく肩関節周囲炎(五十肩)と誤診されてしまいます。仮に損傷部位が筋腹であったら、「肩の痛み」とはっきりしない診断をされ、中医で常用する「祛风散寒」という治療を行い、仮に損傷部位が起始部だと、「単なる肩上部の痛みでしょう」と診断をされてしまいます。棘上筋は肩甲上神経の支配を受けます。肩甲上神経は腕神経叢の鎖骨上枝であり、C5,6神経の支配を受けます(右図参照)。そのため、C5,6神経の圧迫は棘上筋の疼痛、不調をきたす可能性があります。

祛风散寒:風邪と寒邪を排出させる中医治療の考え方

腕神経叢の肩甲上神経

 上記のように様々な原因により棘上筋損傷は引き起こされるので、診断をする上で混乱を生じ、当然正確な治療とは言えない治療が行われることが多いのです。明確な診断ができても、組織の癒着が比較的重度な場合は、一般的な治療法法では難渋することが多いです。

解剖

棘上筋

 棘上筋は肩甲骨の棘上窩から起こり、上腕骨の大結節に停止します。起始部付近はやや幅が広いですが、停止部に向かって幅が狭くなります。
 棘上筋は停止部付近で棘下筋、肩甲下筋と連結しており、停止部付近の上面には、肩峰下包と三角筋下包という滑液包と隣り合っています。左図の薄い水色の組織が滑液包です。
 この位置関係から滑液包との癒着も起こりやすいことを念頭に評価を行う必要があります。
 棘上筋は棘下筋、肩甲下筋、小円筋とともに「腱板」を構成する一つの筋肉です。医療機関では「腱板断裂」という診断名となることが多いですが、腱板損傷の中で最も多いのがこの棘上筋の断裂になります。

棘上筋の機能

 棘上筋の作用は肩関節の外転と上腕骨頭を肩甲骨関節窩に固定することです。
 かつて、棘上筋は上肢を挙上する時にその可動域全域に作用すると言われていましたが、120°を超えた辺りから活動量の減少がみられることが分かりました(右図参照)。
 関節の安定化に関しては棘上筋の他に棘下筋、肩甲下筋、小円筋とともに上腕骨を肩甲骨関節窩へ固定する作用をしています。
 このように、関節の安定化と動作に関わるため、酷使されやすい側面があります。

挙上時の棘上筋の働き

病因病理

 棘上筋損傷の多くは突然の強い力で外転することで起こります。重症なケースでは棘上筋の断裂をきたします。損傷後、月日が過ぎると損傷部組織の癒着が起こります。上肢を外転すると結節部が牽引され、急性疼痛を引き起こします。

臨床表現

 外傷後、棘上筋の筋腱断裂時に痛みが増悪し、肩関節の外転制限(70°程度まで可能)が起こります。急性・慢性時にはこのような特徴があります。慢性期は持続的な疼痛で、冷えることで増悪し睡眠にも影響を与えます。

 上肢を頭上に挙げる肩関節の屈曲や外転の最終域辺りで疼痛があります。患者は「肩の上側が詰まるようないたみがある」と訴えます。

診断の根拠

1.既往歴で外傷の既往がある
2.棘上筋の筋腱或いは筋腹に圧痛点がある
3.患者が能動的に患側上肢を外転し、圧痛点の部位の疼痛が増悪する
4.以下の疾病の鑑別をする必要がある

棘上筋テスト

1.棘上筋腱板炎

①棘上筋腱板炎の疼痛と圧痛は棘上筋上にあるが、外傷歴は無く、寒、湿の病歴があることが多い。

②能動的に患側上肢を外転させると、棘上筋部に放散痛があり、棘上筋損傷の痛点が明らかである。

③左図のような姿勢で術者は上肢を下げるように力を加え(矢印方向)、患者はそれに抵抗するよう指示する。この時、患者の親指が下になるように実施する。左右同時に行い、棘上筋に問題があると抵抗時に痛みを生じたり、軽度の負荷で上肢が下がってしまう。 

2.肩関節周囲炎

①肩関節周囲炎の発病は通常50歳前後であるが、棘上筋損傷はこのような傾向は無く、成人であればいかなる年齢でも発病しうる。

②肩関節周囲炎は外傷の既往が無い人が多い。

③肩関節周囲炎は痛点が一つに留まらず複数あることが多いが、棘上筋損傷の痛点は上腕骨大結節の部位に限局することが多い。

④肩関節周囲炎は関節自体の活動が大なり小なり制限を受けることが多いが、棘上筋損傷は肩関節自体の機能はほとんど影響を受けない。

3.頚椎症性神経根症

①頚椎症性神経根症の多くは麻痺を伴い、上肢の放散痛は手指まで及ぶ。棘上筋損傷で肩まで痛むことは僅かで、麻痺がおこることは少ない。

②棘上筋損傷は棘上筋が走行する部位に明らかな痛点があるが、頚椎症性神経根症では棘上筋の走行する部位での痛点は不明瞭であり、患者の主訴は首から肩まで、肩から腕両方の疼痛エリアがあり、塊状或いは線状に痛点が分布する。

③棘上筋損傷は明らかな外傷の既往があるが、頚椎症性神経根症は明らかな外傷史が無い。

④頚椎症性神経根症は頚椎棘突起の傍に明らかな圧痛点があることが多い。棘上筋損傷では頚椎棘突起傍の圧痛点が無いことが多い。

治療理論

 針刀医学の慢性軟部組織損傷の理論によると、棘上筋損傷後に癒着、瘢痕、痙縮が引き起こされ、肩背部の軟部組織の動態平衡失調をきたし、肩の痛みや背中の痛みなどの症状を訴えます。慢性期の急性発病時に病変組織の水腫から滲出した液体が末梢神経を刺激して症状が増悪します。上記の理論によると、棘上筋損傷の主な部位は棘上窩と上腕骨大結節で、筋肉の起始、停止部に針刀を用いて付着部の癒着を解消し、瘢痕を削り、棘上筋の動態平衡が回復し、この病は根治に至ります。

針刀治療

 陳旧性棘上筋損傷が適応です。損傷1カ月以降を陳旧性として、損傷からの期間が長くなるほど治療効果は低下します。
 患側上肢は外転90°、刺入点の選定は棘上筋停止部の上腕骨大結節の圧痛点の部位で、刃先のラインと棘上筋縦軸は平行に刺入し、この骨面に針体と上肢は135°の角度を成します。まず縦に剥離し、次に横へ剝離します。
 仮に病変部位が棘上窩であったら、患者は座位で少し腰を曲げて、上肢は自然下垂し大腿の上に置きます。針体と背平面は90°で刃先のラインと棘上筋の線維走行に対し平行に刺入し、骨面まで到達させます。まず縦に剝離し、次に横へ剝離します。仮に痛点の面積が比較的大きかったら、刃先を皮下まで引き上げて、針体と背平面は45°の角度で筋線維に沿って垂直方向に0.5cm移動し、再び骨面まで刺入します。まず縦に剝離し、次に横へ剝離し抜針します。刺鍼部位をしばらく圧迫し、刺鍼部位に貼り薬を貼っても良いです。滅菌ガーゼを被せテープで固定します。

おわりに

 人類が四つ足で移動していた時期と比べ、二足直立歩行をするようになり棘上筋にかかる負荷は大きく増えました。それほど大きな筋肉ではないのに、酷使されるようになったのが棘上筋の炎症、断裂を生じやすくなった根本原因だと考えています。

 上記の解説では肩関節周囲炎と頚椎症性神経根症との鑑別というのが評価のポイントになるとの内容でした。この辺りの鑑別は問診で情報収集することで、かなりの高確率で絞れるようになると思います。鑑別をするに当たって、診断の根拠にある内容はだいたい覚えておくと評価がスムーズに進みます。一般の方はご自身で判断するひとつの指標にしていただけたらと思います。

 上記の解説では病巣部位が棘上筋の起始部、停止部と両方のパターンがあるという内容でしたが、臨床現場では停止部付近の痛みを訴えることが圧倒的に多いです。停止部付近は腕を挙上すると肩甲骨が上に回旋し上腕骨頭も回旋しながら肩甲骨側に接近します。その結果、棘上筋の停止部付近のスペースが狭くなり、付着や断裂が起きやすい状況になってしまいます。こういったメカニズムは肩の運動学の知識があると理解しやすいかと思います。

棘上筋テストはよく行っています。詳しい内容は参考文献に挙げた林典雄先生の本を確認してください。

参考文献:
1)Saha AK:Dynamic stability of the glenohumeral joint.Acta orthop Scand42:491-505.1971
2)河上敬介 他,改訂第2版,骨格筋の形と触察法,大峰閣:2013
3)林典雄 他,運動器疾患の機能解剖学に基づく評価と解釈 上肢編,運動と医学の出版社:2017
4)山口光國,結果の出せる整形外科理学療法,メジカルビュー:2009
5)朱汉章,针刀医学原理,人民卫生出版社:2002
6)信原克哉,肩その機能と臨床第3版,医学書院:2001

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